ロゴ佐伯時代の独歩

独歩が魅了された佐伯の原風景を、佐藤巧先生の切り絵の世界で。

佐伯の風景

城山から番匠川上流を望む
城山から番匠川上流を望む
尺間山から佐伯湾を望む
尺間山から佐伯湾を望む
中江川夕景
中江川夕景
灘沖・苦木の鼻
灘沖・苦木の鼻
西ノ丸・西虎口
西ノ丸・西虎口
本丸外曲輪・西虎口
本丸外曲輪・西虎口
城山から番匠川上流を望む
城山から番匠川上流を望む
城山
城山
城山
城山

独歩の肖像

明治18年(13歳)山口中学校時代
明治18年(13歳)
山口中学校時代
明治19年(14歳)山口中学校時代
明治19年(14歳)
山口中学校時代
佐伯時代の独歩「独歩が魅了された佐伯の原風景」の題材を求めて、「独歩写真帖」をめくっていたが、各時代の独歩の肖像に目を奪われた。
集合写真や家族写真、知友との写真などは比較的ラフに写っているが、単独写真となると目的があってのことであろう、凜々しく精悍な表情を見せる。あるいは有名俳優のブロマイドのようなイケメンな顔写真もある。
36年の短い生涯に多くの写真が遺されているので、その時々の心情を察する資料ともなりうると思い、紙を刻んだ。
            2016年10月、さとうたくみ。
明治22年(17歳)東京専門学校英語普通科
明治22年(17歳)
東京専門学校英語普通科
明治23年(18歳)東京専門学校英語政治科
明治23年(18歳)
東京専門学校英語政治科
明治24年(19歳)ストライキを行って退学
明治24年(19歳)
ストライキを行って退学
明治24年(19歳)キリスト教の洗礼を受ける
明治24年(19歳)
キリスト教の洗礼を受ける
明治27年(22歳)佐伯鶴谷学館教師時代
明治27年(22歳)
佐伯鶴谷学館教師時代
明治27年(22歳)1月、熊本にて
明治27年(22歳)
1月、熊本にて
明治27年(22歳)8月、佐伯鶴谷学館辞任
明治27年(22歳)
8月、佐伯鶴谷学館辞任
明治27年(22歳)佐伯鶴谷学館教師時代
明治27年(22歳)
佐伯鶴谷学館教師時代
明治28年(23歳)国民新聞従軍記者時代
明治28年(23歳)
国民新聞従軍記者時代
明治29年(24歳)佐々木信子と離婚
明治29年(24歳)
佐々木信子と離婚
明治29年(24歳)武蔵野上渋谷に住む
明治29年(24歳)
武蔵野上渋谷に住む
明治30年(25歳)「源をじ」を執筆、発表
明治30年(25歳)
「源をじ」を執筆、発表
明治30年(25歳)武蔵野在住時代
明治30年(25歳)
武蔵野在住時代
明治30年(25歳)「欺かざるの記」終了
明治30年(25歳)
「欺かざるの記」終了
明治31年(26歳) 榎本治(はる)と結婚
明治31年(26歳)
榎本治(はる)と結婚
明治31年(27歳)「鹿狩」・「春の鳥」発表
明治31年(27歳)
「鹿狩」・「春の鳥」発表
明治35年(30歳)11月、近事画報社に入る
明治35年(30歳)
11月、近事画報社に入る
明治39年(34歳)「独歩社」経営危機
明治39年(34歳)
「独歩社」経営危機
明治39年(34歳)健康衰退・転地静養
明治39年(34歳)
健康衰退・転地静養
明治41年(36歳)6月、茅ケ崎南湖院に病没
明治41年(36歳)
6月、茅ケ崎南湖院に病没

国木田独歩

国木田独歩の切り絵です。
当ホームページのロゴマークにも使用させて頂きました。


作者紹介佐藤 巧

佐伯独歩会理事。郷土史家。佐伯史談会会長。
日豊の中世史に詳しい。
建築士の仕事をするかたわら、番匠茶屋を経営している。
切り絵の作品をかずかず発表している。
切り絵を生かした『絵巻栂牟礼実録』の著作がある。

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